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東京地方裁判所 平成5年(ワ)2550号 判決

原告

加藤高広

被告

岡善運輸株式会社

ほか一名

主文

一  被告らは、連帯して、原告に対し、三五二五万六八〇七円及びこれに対する平成二年二月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを四分し、その一を被告らの、その余を原告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一原告の請求

被告らは、連帯して、原告に対し、一億二九二三万〇二三二円及びこれに対する平成二年二月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、原告が、高速道路で普通乗用自動車を運転中、自損事故を起こし、停止していたところ、後方から大型貨物自動車を運転し、進行してきた被告宮澤武夫(以下「被告宮澤」という。)に衝突された事故(以下「本件事故」という。)に関し、原告が、被告宮澤に対しては同人の前方不注視、減速義務違反を理由として民法七〇九条に基づき、被告岡善運輸株式会社(以下「被告岡善」という。)に対しては加害車両の保有者であること、本件事故が被告岡善の業務遂行中に起きたことを理由として自賠法三条、民法七一五条に基づき、損害賠償請求した事案である。

一  争いのない事実等

1  本件事故の発生状況は、以下のとおりである。

発生日時 平成二年二月二七日午前〇時二八分

発生場所 埼玉県羽生市大字彌勒一七二三―六先、東北自動車道下り線(以下「本件道路」という。)の羽生パーキンングエリアの東側、四〇・六キロポストから一九・〇メートル北側の付近(甲六の一)

天候 小雨(甲一四、原告本人、被告宮澤本人)

加害車 大型貨物自動車(大宮一一き四六〇)

保有者 被告岡善

運転者 被告宮澤

被害車 普通乗用自動車(練馬五九の八九〇六)運転者原告

事故態様 原告は、本件事故直前、本件道路第二走行車線を浦和市方面から宇都宮市方面に向けて走行中、第一走行車線に車線変更しようとしてハンドルを左に切つたところ、タイヤがスリツプして左側ガードレールに接触し、被害車は別紙交通事故現場見取図(以下「別紙図面(一)」という。)〈ア〉の地点に前部を北西の方向に向けて路側帯と第一走行車線にまたがつて停止していた(以下「本件自損事故」という。)。その後後方から第一走行車線を走行してきた被告宮澤の運転する加害車が被害車に衝突した。

2  被告岡善は加害車を業務用に使用し、自己のために運行の用に供しており、また、本件事故は、被告宮澤が被告岡善の業務を遂行している際に起こつたものである。

3  本件事故によつて、原告(昭和四五年四月一〇日生)は、第一二胸椎脱臼骨折、対麻痺、左鎖骨骨折、左上腕骨骨折、左第七、八、九肋骨骨折等の傷害を負つて、新井整形外科病院に平成二年二月二七日から同年四月二六日まで入院し、同日、国立療養所村山病院に転院して同三年一二月一二日まで合計六五四日間入院して平成三年一二月三一日に症状固定となり、第一二胸髄節以下完全麻痺により同部の知覚喪失、筋力ゼロの状態の後遺障害を負い、自算会新宿調査事務所から自賠法施行令二条の後遺障害等級表第一級三号の後遺障害の認定を受けた(甲二、三の一ないし六、四、五)。

4  被告は、原告の損害のうち、治療費三一九万九六三四円、看護料七四万〇六〇八円、装具車椅子等代金五二万一一五二円、転医費、通院寝台車代九万五一九〇円、休業損害五〇万円、自動車改造費二〇万円の合計五二五万六五八四円を原告に対して支払つた(甲九)。原告はこのほかに自賠責保険金二五〇〇万円を受領しており、全部で三〇二五万六五八四円を損害の填補として受領している。

二  争点及び争点に対する当事者の主張

1  被告宮澤の前方不注視の有無、因果関係及び責任

(一) 原告の主張

(1) 本件事故現場は羽生パーキングエリアの東側本線上であるところ、羽生パーキングエリア付近に別紙羽生パーキングエリア道路照明配置図(以下「別紙図面(二)」という。)のとおり設置された照明又は第二走行車線を先行して走行していた大型貨物自動車(以下「並走車」という。)の前照灯の照射によつて、被告宮澤は、前照灯がなくとも路面上にあつた被害車を本件事故の衝突地点(以下「本件衝突地点」という。)の少なくとも一〇〇ないし二〇〇メートル手前で視認することができ、加害車は制動措置を講ずること等により、本件事故の発生を回避することができた。しかるに、被告宮澤は、同衝突地点の四八・六メートル手前になつて初めて被害車の存在に気づいたのであるから、被告宮澤は前方を注視する義務を懈怠したというべきである。

(2) 本件自損事故後、本件事故時までの間には相当程度の時間的間隔があり、被告宮澤は、本件衝突地点から前記程度の距離をおいた地点で被害車を発見することができたはずである。

(二) 被告らの主張

(1) 被告宮澤は、前方注視義務を尽くしていた。

本件事故当時は小雨で前方の視界が悪かつた上、被害車が停止していることを表示する警告措置がとられていなかったこと、加害車の前照灯の照射距離が五二メートルであること、羽生パーキングエリア付近の照明は本件道路を照射するものではないし、並走車両は加害車両と並走状態にあり、その前照灯の照射距離は加害車両のそれとあまり差異がなかったことからすると、被害車との本件衝突地点の五二メートル以上手前で被害車の存在を発見することは不可能である。

(2) 本件事故は、加害車が本件事故現場付近を走行する直前に、被害車が第一車線に割り込んで本件自損事故を起こしたために発生したものであり、加害車は被害車との衝突を回避することは時間的に不可能な状況であつた。

(3) そして加害車には構造上の欠陥又は機能上の障害は存在しないから、被告岡善は、自賠法三条但書きにより免責される。

2  過失相殺

(一) 被告らの主張

仮に免責の主張が認められない場合には、予備的に過失相殺を主張する。

すなわち、本件事故は、雨で時速八〇キロメートルの速度制限がなされているにもかかわらず、原告が時速一〇〇キロメートルを超える速度で第二車線を走行して加害車を追い越し、第一車線に車線変更した際に運転操作を誤り、本件自損事故を引き起こしたために生じたもので、原告の無謀運転に起因するものである。また、原告が後続車に対して被害車の停止を知らせる警告措置を怠つたために、被告宮澤は被害車の発見が遅れたのであり、原告には安全確保措置を怠つた過失がある。

(二) 原告の主張

本件事故当時の雨は小雨程度であつて、パーキングエリア付近の照明を考えれば視界不良ではない。また、原告は、同乗者を助け出そうとしたために右警告措置をとる時間的余裕がなかつたのだから、原告に注意義務違反はない。

原告の過失は、二〇パーセントにとどまる。

3  損害額の算定

原告の請求に係る損害のうち、治療関係費中の治療費、看護料、装具代、転医費を除き、損害額の算定には争いがある。

(一) 原告の主張

(1) 入院雑費 八五万〇二〇〇円

一日一三〇〇円、入院期間六五四日間として計算する。

(2) 通院交通費 一〇万七四一七円

(3) 将来の装具代 五七三万二六七二円

車椅子一台は五二万一一五二円であるところ、五年ごとに交換する必要があり、症状固定日から平均余命まで一一回交換する必要がある。

(4) 車両改造費 二三万円

原告が運転可能な状態に車両を改造した。

(5) 家屋改造費 八〇六万九七〇〇円

日常生活上の不自由を軽減するためには家屋の改造が必要であり、それに要する費用は右のとおりである。

(6) 慰謝料 二九四三万円

傷害慰謝料三四三万円、後遺症慰謝料二六〇〇万円の合計である。

(7) 逸失利益 九七二九万二二三二円

原告は医療法人大泉病院に勤務することが確実であること、原告は大学進学を希望しており、両親との了解事項でもあつたことから、原告が大学に進学する蓋然性は高かつた。

そして、原告は後遺障害等級一級三号とされ、労働能力を一〇〇パーセント喪失したものであり、平成四年度の男子労働者学歴計の平均年収(五四四万一四〇〇円)を基礎とした満六七歳までの得べかりし収入の金額は右のとおりである。

五四四万一四〇〇円×一×一七・八八=九七二九万二二三二円

(労働能力喪失率)(四六年のライプニツツ係数)

(8) 将来介護費 四〇九四万九七一五円

原告には常時介護が必要な後遺障害が残つているところ、原告の平均余命に達するまでの間(約五六年)、一日六〇〇〇円の介護費が必要である。

六〇〇〇円×三六五×一八・六九八五=四〇九四万九七一五円

(五六年のライプニツツ係数)

(9) 弁護士費用 一〇〇〇万円

(二) 被告らの主張

(1) 入院雑費 六五万四〇〇〇円

入院当時が平成二年であること、原告の年令を勘案して、一日一〇〇〇円、六五四日として計算すべきである。

(2) 通院交通費 〇円

転医費九万五一九〇円以外の通院交通費を否認する。

(3) 将来の装具代 〇円

原告の主張を否認する。

(4) 車両改造費 〇円

前項と同じ。

(5) 家屋改造費 五〇〇万円

家屋改造に必要な費用としては、右金額が相当である。

(6) 慰謝料 二四五〇万円

傷害慰謝料二五〇万円、後遺症慰謝料二二〇〇万円が相当である。

(7) 逸失利益 五八一八万八六七二円

原告は高校中退だから中卒程度の学歴を基準とすべきである。

本件では、企業規模一〇~九九人の中卒平均賃金(平成三年度で年収四〇六万八〇〇〇円)によるのが相当である。

また、原告は車椅子による生活が可能だから、労働能力喪失率は八〇パーセントとして評価すべきである。

四〇六万八〇〇〇円×〇・八×一七・八八=五八一八万八六七二円

(8) 介護費用 一八六九万八五〇〇円

原告は家族の常時介護を要する状況にはないから、年間一〇〇万円程度が相当である。

一〇〇万円×一八・六九八五=一八六九万八五〇〇円

(9) 弁護士費用

争う。

第三当裁判所の判断

一  争点1について

1  前記当事者間に争いのない事実に甲六の一及び二、八、一〇、一一、一四、原告、被告宮澤各本人尋問の結果に弁論の全趣旨を総合すれば、以下の事実が認められ、被告宮澤の供述中右認定に副わない部分は採用できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

(一) 件事故現場は、東北自動車道下り線の羽生パーキングエリアの東側、四〇・六キロポストから一九メートル北側の付近である。本件事故現場付近の道路は、ガードロープで上り線と下り線が区分されていて、下り線の車線の幅員は第一車線約三・五メートル、第二車線約三・七五メートル、追越車線約三・五メートルで各車線は白色破線で区分され、左側には約三メートルの路側帯が白色実線により区分されている。また道路左側端には白いガードレールが設けられており、アスフアルト舗装され平坦でほぼ直線道路である。本件事故当時の天候は小雨で降りが強くなつたり弱くなつたりする状態であり、路面が濡れていたために、本件道路は、通常、普通乗用自動車に対しては時速一〇〇キロメートルの速度規制であるところ、時速八〇キロメートルの速度規制が敷かれていた。なお、大型貨物自動車については、道交法二二条、同法施行令二七条の二により高速道路においては時速八〇キロメートルと定められている。本件事故現場は羽生パーキングエリアの東側であり、同パーキングエリア付近には別紙図面(二)のとおり道路照明が設置されているが、本件事故現場付近には、本件道路を直接照射する照明はなかった。

(二) 被告宮澤は、一〇トン車の加害車を運転し、本件事故の前日である平成二年二月二六日午後四時ころ、埼玉県戸田市笹目にある被告岡善の車庫を出発し、川崎に赴いて雑貨約四トンを積み込み、午後一一時ころ川崎を出発して館林市と桐生市に向かうために本件道路を走行した。他方、原告は、同日午後一〇時半ころ、友人の鈴木善順(以下「鈴木」という。)と日光にドライブに行くために、助手席に鈴木を同乗させて自宅を出発し、久喜インターから本件道路に入つた。加害車は雨のため間欠ワイパーを使用し、加須インターを過ぎたあたりから本件道路の第一車線を時速九〇キロメートル前後で走行していたが、被害車は、本件事故現場の相当手前で第二車線を時速一〇〇ないし一一〇キロメートルの速度で走行して加害車を含め数台の車を追い越し、しばらく走行した上第一車線に車線変更しようとした。その際、被害車はスリツプして別紙図面(一)の〈×〉1の地点(四〇・六キロポスト)でガードレールに衝突し、さらに一九・〇メートル北側に進んだ同図面〈ア〉の地点で第一車線の真ん中に進行方向から見て横向きに、道路を塞ぐような形で停止した。原告は一瞬意識を失つたが、すぐに意識を取り戻したところ、ボンネツトから白い煙が出ており、鈴木がこのままだと爆発すると言つたので、すぐに運転席のドアを開けて車外に出た。そして助手席のドアが開かないため、鈴木が運転席から出るために運転席に移ろうとしたことから、原告はドアから半身を入れて同人を車外に引つ張り出そうとしていたところに加害車が被害車に衝突し、原告が気がつくと第二車線に腹這いの状態で倒れていた。

(三) 被告宮澤は、本件事故直前、本件衝突地点の手前八四・六メートル付近の別紙図面(一)の〈1〉の地点において、第二車線を走行する並走車が同図面〈A〉にいることを確認し、加害車は並走車とほぼ並走状態を保つたまま走行していた。そのときの並走車の速度は時速九〇キロメートル前後であつた。被告宮澤が最初に被害車を発見したのは本件衝突地点の手前四八・六メートルの同図面〈2〉の地点であり、第二車線の並走車の後方に大型車がいたので、ハンドルを少し切つて急ブレーキをかけたが、〈×〉2点で加害車の左前部が被害車のリアフエンダー付近に衝突した。

(四) 衝突後加害車は、被害車を押し出し、被害車は衝突地点から四〇・七メートル先の路側帯と第一車線にまたがつた、別紙図面(一)の〈イ〉地点に停止し、加害車は衝突地点から九八・七メートル先の同図面〈3〉地点より少し手前に停止したが、交通の妨げとなるので、路側帯上の〈3〉地点に移動した。そして同図面記載のとおり、第一車線から第二車線に車のタイヤ痕が二条、右側五三・五メートル、左側五三メートル印象され、また、同図面〈×〉2付近には被害車が衝突で押し出された際生じたタイヤのズレ痕が認められた。

(五) 加害車は大型貨物自動車で運転席は普通車よりも高いが、前部中央から左側半分が凹損し、中破の状態であり、被害車は白の普通乗用自動車で前部、左側面が凹損、大破し、フロント窓、リアー窓、左右側面窓ガラスがそれぞれ割れ、ガラス片、プラスチック片が路面に散乱していた。車内には前部左側の座席、後部座席が押し出され破損しており、室内にはガラス片等が散乱していた。

(六) 平成二年三月一六日午後一一時八分から同二五分まで、警察は加害車と同型車両によつて前照灯を下向きにした場合の照射距離を測定したところ、五二メートルであつた。そして駐車場内で一〇〇メートル先に白いトヨタカローラを別紙図面(一)のアと同様の状態で停止させ、被告宮澤に加害車と同型車を運転させて可視状況を調べたところ、別紙図面(三)記載のとおり、七七・三メートル手前の〈1〉の地点で何か物があるのが見えること、五二メートル手前の〈2〉の地点で車の白の車体が認められること、四一・二メートル手前の〈3〉の地点では車がはつきり見えることが分かつた。なお実況見分時は晴であつた。

2  前記認定事実に基づいて、以下、被告らの免責の主張について判断する。

(一) 本件事故当時は小雨で間欠ワイパーを必要とする天候であつたことからすると、本件事故現場(別紙図面(一)のア)で停止していた被害車の存在を明確に視認することは、晴天や曇天時に比べて容易でない状況であつたと推認することができる。しかしながら、羽生パーキングエリア付近には照明が多数設置されており、甲二、検甲一によれば、曇天時においては一五〇メートルないし二〇〇メートル先の路上の物体の視認が可能であることが認められ、前示平成二年三月一六日の警察における前照灯の検査結果と比較してみると、右照明により、本件事故現場付近も多少は明るく照らし出される効果があつたと認められるから、本件事故当時の天候を考慮しても、本件事故現場付近は何が存在するのか全く分からないような真つ暗な状況にはなく、少なくとも、路側帯と第一車線を区分する白い実線、第一、第二車線と追越車線をそれぞれ区分する白い破線や左側の白いガードレールを視認することができる程度には明るかつた状態にあつたと認めるのが相当である。なお、並走車の前照灯による照明は存在するものの、並走車は本件衝突地点八四・六メートル手前の地点で並走していたこと、並走車の照射距離が明らかでないことからすると、右照明によつて、被告宮澤が原告主張の地点で被害車を発見することができたはずであると認めることはできない。

被告宮澤は、本件衝突地点の手前四八・六メートルの地点において、突然白い車が横になつている状態にある被害車を初めて発見した旨供述するが、前記認定の本件事故現場付近の可視状況からすると、被害車を白い車として発見する以前に、まず、何か物があるように見え、次いで白つぽい塊状の物があるように見え、徐々に輪郭がはつきりし、それが本件道路において進行を妨げる障害物であることを認識し、そしてその物体が車であることが分かるという過程をたどるはずであるにもかかわらず、そのような観察経過がないことからすると、被告宮澤は、本件道路を進行するに当たつて、必ずしも前方の交通状況につき十分注意して視認していなかつたと推認することができる。

(二) 加害車は、急ブレーキをかけ、タイヤ痕を残しながら被害車と衝突し、そのまま四〇メートル以上も被害車を押しながら前進し、衝突地点から相当離れた位置でようやく停止することが可能となつたものであつて、路面が濡れていた点を考慮しても、被害車の損傷状態が著しいことを参酌すると、被告宮澤は、本件事故現場付近では時速約九〇キロメートルで走行していたと供述するが、それを超える速度が出ていたものと推認される。

(三) そうすると、被告宮澤が時速八〇キロメートルの制限速度を守つて前方注視義務を尽くしていれば、加害車の運転席が普通乗用車より相当高く遠くを見通しやすいことを考慮すると、被告宮澤は、被害車を最初に発見した本件衝突地点の手前四八・六メートルの地点よりも相当程度手前で何か物があるように見ることができたと考えられ、その段階で、下向きの状態にある前照灯を上向きにするなどして、右物体が自車の進行の妨げになり得ることを認識し、直ちに急停止等の衝突回避措置をとることによつて本件事故の発生を未然に回避することができた蓋然性が高いと考えるのが相当である。なお、被告らは、本件衝突直前に被害車が第一車線に割り込んで加害車の直前に現れたために衝突回避措置をとる時間的余裕がなかつたから、被告らは無過失で免責されると主張するが、被告宮澤は、本件衝突直前に被害車がスリツプしたり、ガードレールに衝突したりする状況を見ていないこと、被害車は本件自損事故後停止するまでにさらに一九・〇メートル前方に移動していること、原告は自損事故によつて一瞬気を失つた後、運転席のドアから出て、同乗者の鈴木を助けようと体を半分車の中に入れていたことからすると、本件自損事故が発生してから本件事故が発生するまでには、ある程度の時間的間隔があつたと推認できるから、被告らの右主張は認められない。

3  以上によれば、被告宮澤が前方注視義務を尽くしていれば本件事故は回避され、又は少なくとも本件事故による損害の発生を最小限にとどめることが可能であつたと考えられるから、被告らの免責の主張には理由がない。

二  争点2について

1  前記認定事実によれば、原告は、小雨が降り、間欠ワイパーを使用する状態で、深夜であることもあいまつて視界がそれほど良好とはいえず、しかも路面が濡れているために安全な走行を確保するため慎重な運転を心がけなければならない状況であるにもかかわらず(本件事故当時は、降雨のために時速八〇キロメートルに速度制限がなされていた)、制限速度を大幅に超過する時速一〇〇ないし一一〇キロメートルの速度で本件道路の第二車線を走行して次々に車を追い越し、同第二車線を走行する前方車両が間近に迫つたために第一車線に車線変更した際に、ハンドル操作を誤つて本件自損事故を引き起こし、第一車線における車両の走行を妨げるような形で被害車を停止させたのであつて、このような無謀ともいうべき被害車の運転方法が本件事故発生に大きく寄与していることが認められる。

2  他方、被告宮澤は、制限速度を守つた上、前方を注視しながら走行していれば、前示のように本件事故を回避できた点で過失があるものの、被害車が停止している旨を後続車に警告する措置がとられていなかつたために被害車を発見することが困難な状況にあつたと推認できることも斟酌すると、本件事故における過失割合は、原告六、被告ら四とするのが相当である。

三  争点三について

1  原告が、治療費三一九万九六三四円、看護料七四万〇六〇八円、装具代(車椅子)五二万一一五二円、転医費九万五一九〇円を要したことは前記認定のとおりである。

2  入院雑費 七八万四八〇〇円

原告が本件事故によつて六五四日間入院したことは当事者間に争いがなく、一日一二〇〇円として、入院した右期間につき認める。

3  通院交通費 〇円

原告は、通院交通費として一〇万七四一七円を主張し、甲一八を提出しているが、右書証は(1)の下に「平成2年羽生駅から新井整形外科タクシー代」と記載され、(2)の下に「(紙おむつ、患者必要品、カテーテル、消毒液)」と記載されており、その下に日付と金額が多数記載されているので、その体裁からみて、平成二年度に新井整形外科に通つたタクシー代と平成二年から同四年までの紙おむつ代等を合わせて記載した書面であると認められる(なお、紙おむつ代等については、入院期間中は入院雑費中に含まれていること、退院後は別途その具体的内容のほか必要性、相当性、金額等について主張立証が必要であるところ、原告は何らこれを行わないことから、損害として認定しない。)。

しかしながら、前記認定のとおり、原告が新井整形外科に入院していたのは平成二年二月二七日から同年四月二六日までであるにもかかわらず、同年一二月一五日までのタクシー代が計上されていること、原告の新井整形外科入院中は、原告が通院交通費を必要とするわけではないし、退院後は国立療養所村山病院に転院しているので、右書証は通院交通費を認めさせる証拠とはならない。そして、甲一二、原告本人尋問の結果によれば、原告は国立療養所村山病院を退院した後も二週間に一回程度の通院をしていることが認められるが、それに必要な費用がどれくらいであるか具体的な主張立証がない状態であり、通院交通費を認めることができない。

4  将来の装具代 一七五万七一六八円

前示争いのない事実によれば、原告は、第一二胸髄節以下の完全麻痺のために歩行困難であることが認められるから、移動手段としての車椅子が必要であり、それが、耐久消費財であることから五年ごとに交換する必要があるものと認め、ライプニツツ方式により中間利息を控除し、症状固定日(平成三年一二月三一日)における原告(右当時二一歳)の平均余命を五六年(平成三年簡易生命表による。)として計算すると、以下のとおりである。

五二万一一五二円×(〇・七八三五+〇・六一三九+〇・四八一〇+〇・三七六八+〇・二九五三+〇・二三一三+〇・一八一二+〇・一四二〇+〇・一一一二+〇・〇八七二+〇・〇六八三)=五二万一一五二円×三・三七一七=一七五万七一六八円

(かっこ内は、五年目、一〇年目、一五年目・・・五五年目の各ライプニツツ係数(現価)の和である。)

5  車両改造費 二三万円

第一二胸髄節以下の完全麻痺のために起立歩行が困難となつた原告にとつて、日常生活における通院や買い物等をするための手段として車椅子しか利用できないとすれば、生活上の不便を少なからず強いられると推認されること、原告がその生活圏を広げる手段として特殊仕様の自動車を利用することは有益であり、必要性も認められることからすると、車両改造費を認めるのが相当であるところ、その費用は右金額をもつて相当と認める。

6  家屋改造費 五一〇万一四〇〇円

原告は、前示の症状により、日常生活における起居動作に重大な支障が生じ、その生活上の不自由を軽減するために必要かつ相当な範囲内での家屋改造が必要であることは認められるが、その具体的な日常生活における不便さとそれを解消するための改造方法、そして同改造方法が被害者にとつて必要かつ相当なものであることの具体的根拠については、右費用を請求する原告に主張、立証責任があることはいうまでもない。

しかしながら、原告は右各事項について具体的に主張していないが、甲七の見積書の添付図面によれば、浴室とトイレを身障者が利用しやすいように改造すること、車椅子で移動できるようスロープを付けるとともに、床をフロアー仕上げにする等の工事を含む工事であることが推認できるものの、添付図面に記入された工事内容と見積書の内訳との対応関係が不明確であるので、甲七の金額の全てが、直ちに、原告のために必要かつ相当な範囲内の家屋改造費であるものとは認められない。

被告らは、家屋改造費として必要な費用を五一〇万一四〇〇円と見積もる乙一を提出してこれを援用していることから、本件では、原告の日常生活上の支障を改善するために必要な費用としては少なくとも五一〇万一四〇〇円を要するものと認め、右金額をもつて相当と認める。

7  逸失利益 八五三四万一二四〇円

(一) 基礎年収額について

(1) 原告本人の尋問結果(一部)、弁論の全趣旨によれば、原告は、当初堀越学園高校に入学したが、半年間入院したために留年せざるを得なくなり、そのために茨城県の県立高校に入学したものの、校風になじまず平成元年四月に同校を退学したこと、その後、原告は普通運転免許を取得し、運送会社に見習運転手として就職し、同二年一月からは正社員となつたが、翌二月二四日に退職し、本件事故当時は無職であつたこと、原告の父は病院の理事長をしており、原告自身も父の病院の事務関係の職業に就くことを望んでいたことが認められる(なお、原告は本件事故当時茨城県立高校を休学中であつたが、平成二年四月から復学するつもりであつたと供述するが、第二回口頭弁論期日において原告は平成元年四月に退学し、その後運送会社に就職した旨主張していることからすると、右供述はこれと矛盾しており、採用できない。)。

原告は、原告の大学進学の蓋然性が高く、この点を基礎年収額において考慮すべきである旨主張するが、大学受験資格検定試験を受験し、同資格を認定されたという証拠が提出されていないのみならず、原告が大学に入学する蓋然性が高いことを裏付ける具体的証拠は全くないのであるから、原告の右主張は認められない。

(2) 右認定、判断によれば、原告は、本件事故当時、高校中退で失業中であつたが、父親の経営する病院に就職する等して収入を得られる蓋然性が高いと認められ、本件事故に遭わなければ、前示症状固定日(平成三年一二月三一日)から六七歳に達するまでの間、少なくとも賃金センサス平成三年第一巻第一表・産業計・企業規模計・男子労働者・中卒・全年齢平均の年収額(四七七万三〇〇〇円であることは当裁判所に顕著である。)を得ることができたと推認できるので、右金額を基礎とし、ライプニツツ方式により中間利息を控除して、右期間における原告の逸失利益を算定するのが相当である。被告らは、平成三年における企業規模一〇~九九人の中卒全年齢の平均賃金(年収四〇六万八〇〇〇円)を基礎にすべきである旨主張するが、右平均賃金を求めるための基準となる右企業規模を選択した具体的根拠が明らかでないので採用しない。

(二) 原告の労働能力喪失率は、同人が後遺障害等級表第一級三号の認定を受けていることから、一〇〇パーセントとするのが相当である。被告らは、原告が車椅子による生活が可能であるから同喪失率は八〇パーセントである旨主張するが、車椅子による生活と労働能力の評価とは別個のものであるから、右主張は失当である。

(三) よつて、原告の逸失利益は以下のとおりとなる。

四七七万三〇〇〇円×一×一七・八八=八五三四万一二四〇円

8  将来介護費 三〇七一万二二八六円

原告は両下肢完全麻痺、膀胱直腸障害等があり、排尿、排便、入浴等について独力でなすことができない状況にあること(甲一二、原告)が認められるが、他方、原告は、国立療養所村山病院入院中は排尿、排便、入浴も単独で実行できる状態にあつたこと(甲八)からすると、自宅を改造することによつてある程度自分でできるようになると推認できること、原告は車埼子の操作ができ、他人に運転席に乗せてもらえば自動車を自ら運転(原告、弁論の全趣旨)して外出することが可能な程度に自立した状態にあることが認められるから、原告に対する介護の必要性はあるものの、その程度は必ずしも四六時中付きつきりでの介護を必要とするものとはいい難く、その費用としては、一日四五〇〇円をもつて相当と認める。

前示のとおり、原告の症状固定日における平均余命は五六年であり、将来介護費は以下のとおりとなる。

四五〇〇円×三六五×一八・六九八五=三〇七一万二二八六円

(五六年ライプニツツ係数)

9  慰謝料 二七三〇万円

本件事案の内容、原告の傷害の部位、程度及び入通院の期間、後遺症の内容、程度、事故時における原告の年齢、その他本件訴訟の審理に顕れた一切の事情を考慮すると、原告の傷害慰謝料は三三〇万円、後遺症慰謝料は二四〇〇万円とするのが相当である。

10  小計

前記1ないし9項を合計すると、一億五五七八万三四七八円となるところ、原告の過失割合六〇パーセントを控除すると、六二三一万三三九一円となる。

11  総計

原告は、損害の填補として、既に三〇二五万六五八四円を受領しているから、これを控除すると、三二〇五万六八〇七円となり、弁護士費用は本件訴訟の経緯にかんがみると、三二〇万円が相当であるから、被告らの損害賠償債務は三五二五万六八〇七円となる。

(裁判官 南敏文 大工強 渡邉和義)

〔別紙図面(一) 略〕

別紙図面(二)

別紙図面(三)

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